写真:前澤秀登

コアオブベルズの大爆笑 進行表pdf

進行表

 

 

 

 

 

居酒屋にて

「カンパーイ。おつかれさまだす! 今日は実に面白かっただすなあ~」
「ほんまぞな。連中やるぞな、もしかして」
「バッツリ決まってただす。演奏かっこよかっただす。スカッとしただす。ビールがうまいだす」
「おぬし正気か、もし? あれはパフォーマンスというぞな。連中には深い考えがあってああいう表現をするぞなもし。おぬしは単純すぎるぞな。ちっとは勉強するぞな」
「先生のほうこそムツカシク考えすぎだす。ズッコケが最高だっただすよ。ギャハハ。ただ楽しめばいいんだすー。それじゃダメなんだすか?むっ、この漬物はうまいだす。もうひとつくれだす、セニョール!」
「わしにはちょっと薄味ぞな。そこのニャンパラリ(科学調味料)をとってくれぞな。ところでもし、それよりもこのポークソテーがうまいぞな。おぬしも食わんか、もし?」
「わしはいまアビラをひかえているだす。このポッテリとしたお腹をなんとかしないとやばいだすからに… もうチャックが閉まらんだすから、ジーパンのボタンを外すしかないだす」
「おぬしのスチャイルのことなぞどうでもよいぞな。わしはヒョーロンを書かねばならんぞなもし。ヒョーロンというものはムツカシイものぞな、もしかして」
「ぼ、ぼくはお腹が空いたからいつものようにおむすびを食べます。セ、セニョールさん、ぼ、ぼくはおむすびがみっつほしいんだな。 キ、キレイなお皿にのってたらもっと食欲をそそるんだな、きっと」
「いきなり耳元でしゃべるなぞな。びっくりするぞなこいつは、もし」
「ガッツリ食べるといいだす。先生ももっと食べたらよかだす」
「ぼ、ぼくは珍しいものが好きなので、今日のコ、コンサートも珍しくて、お、面白かったので… それと、ちょっぴり怖かったけど、それで、何故かお腹が空きました。もっと食べ物を注文をしてもいいのかな。やっぱりだめかな」
「かってに注文すればいいぞな。そのかわりわしの参考になることを言うぞなもし。あまり期待はできんぞなが…」
「ぼ、ぼ、ぼくはロボットさんがかわいそうだったな。人がいなくなって、それから、と、
友達がみんな死んじゃって、最後のひとりになって、そ、それからまたそのロボットさんも死んじゃうんだな。もう、だ、誰もいないんだな。こ、怖いな」
「ビールを三本追加だす、セニョール!」
「ダイエットしとるんじゃないのか、おぬしは? もし?」
「かたいことを言うのはやめるだす。わしは欲望に忠実なだけだす」
「だ、だけど、誰もいなくなったのを、ぼ、ぼくは観てたんだな。ということは、僕は生きてるんだな。安心するな。もし、ぼ、僕が死んだらどうなるのかな。だ、誰かがそれを、み、見てたりしたらいいな。そ、そしたら、その人達は死んでないことになるのかな。そ、そうだな、きっと」
「ギャハハ、こいつはバカだすぞい。あれはお芝居なんだす。ちっともわかってないだす。腹が痛いだすぞ。ギャハハハ」
「ちっとは場の雰囲気をわきまえるぞな、もし。わかってないのはおぬしの方ぞな。こいつはなかなかドッキリすることをいうぞな、もしかして。マルセル・デュシャンが言ってるぞな。『いつも死ぬのは他人』とな、もし。」
「流石、先生はインテリゲンチャだす。マルセ太郎がそんなシャレたことを言っただすかあ」
「『肉のマルセ』ならたまに行くな。お、お肉もうまいんだな。食べると力が出るな」
「どうも遅れてすいません」
「イイダしゃんが来ただすぞい」
「遅いぞな。わしは酔っぱらってきたぞな」
「いやー、あまり良いコンサートだったので、終了後すぐに余韻とともにひとり夜風に当たってたら、偶然に昔の知り合いにあって、せっかくなんで一杯飲もうということになって、適当な居酒屋を見つけて入ったら、そこは、まあ雰囲気だけは庶民的な感じを醸し出してるんだけど、値段見たらチューハイ1杯600円で、これが下北沢だったら『ふざけるな』って感じなんだけど、六本木だから仕方ないと思って注文したら、これがいい配合、というか中身と外とのバランスが絶妙で、昔高田馬場の馬場にあった『吾郎』のチューハイにそっくりで、なんか懐かしくなって、つい調子にのってもう一杯頼んで、それで気がついたら一時間経過していて、これはまずいと思って、急いで帰ろうと思ったら、今度は駅で腹が痛くなって、周りを見回してもトイレがないから、もう一回前の居酒屋に戻って、そこで用を足して、トイレだけ借りるのも悪いのでもう一杯注文して遅くなっちゃいました。すいません」
「あんまり急いで食べるとお腹をこわすな。ぼ、ぼくも急いで食べちゃいけませんとよくお母さんに言われました。だ、だけど、、ぼ、ぼ、ぼ、僕はせっかちなんで、ついつい早食いしちゃうんだな。これは、ぼ、僕の悪い癖なんだな。だ、だけど、ロボットさんたちは、ロボットなんで、人間みたいにお腹が空かないな、たぶん。」
「本当にバカだすなあ。あれは人間が中に入ってるんだす。だから、お腹は空くに決まってる出す!カラアゲもうひとつ追加だす!」
「おぬしはまだ食べるのかもし… すこしばかり説明するぞな。わしらヒューマン・ビーイングは舞台でおこなわれていることすべてを実在のものと想定して観るぞな。半分はわしらの頭の中での出来事ぞな、もしかして。もしかしなくてもそうぞな」
「わしはムツカシイことが嫌いだす。スカッとすればいいんだす」
「だ、だけど、ユウレイさんはどうなるのかな?ロ、ロボットさんとは違って、彼らはもともといないな、たぶん。だ、だ、誰かが見たといっても、そ、それはマボロシのようなもので、手ではさわれないな。そういう話はきいたことないな。で、でも、さわれないけど、ひっとしたらいるかもしれないな。おわり」
「ユーレイはいるだす!わしは見たことがあるだす」
「だから、それこそが彼らがやりたいことなんですよ。実際に、みんな昔スポーツとかをやってただろうから、運動神経とか筋肉とかがいい具合に発達してて、だからこそ、ああいうハード・コアな演奏が出来るのかも知らんけど、まあそれも確かに凄いんだけど、脳みそまで筋肉化してませんからね。普通ハードコア・パンクって言うと、あとへヴィ・メタルもそうだけど、結局ただ早いだけの筋肉音楽になっちゃって、そういうのが好きな人には――オレもたまにはそういうのが聴きたくなることがあるので――、それはそれでかまわんけれど、もともとパンクの精神はそうのでなくて、もっと自由な発想なんですよ。」
「おぬし、それとユウレイとどういう関係があるぞな?その心はなんぞな、もし?」
「だから、自由っていうのはメチャクチャをやることじゃなくて、それに新しいことっていうと、みんなつい今までにないものばかり追い求めてしまうけど、すでにあるものを使っても出来ることで… というか、例えばユウレイやロボットとかだと、それは、われわれの世代だったらテレビやマンガがしか観るものがなかったから、そのことによってもうイメージが半分は硬直しているのかもしれないけど、それというモデルがあって、次世代のヤング達にとってはそれこそが絶好のネタで、もう思いっきり遊べますからねえ。結局は、勘が鋭いと――あと彼らはやっぱり頭良いですから――、好きなようにやっていても、何かを見つけてくるんですよ。それが”ユウレイ”だったり”ロボット”だったり、それがなんだか本当は知らんけど、われわれにはただただおかしいですからね」
「スカッとすればいいんだす。バッツリかっこいいサウンドに酔いしれればいいに決まってるだす」
「ぼ、ぼくは頭があまりよくないので、それなのでたぶん、知らないことや見たことないものが好きなんだな。ち、ちっちゃな子供とおなじだな。だ、だけどいつか知らないおじさんについていっちゃうかもしれないな。さらわれちゃうんだな。ど、どうすればいいか教えてください」
「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ということわざがあるぞな。おぬし知らんか、もし?」
「オ、オケツに何か入ってきたら、きっと痛いんだな。それに、ぼ、ぼ、ぼくは、辛いものを食べ過ぎたせいで、昨日からオケツがジンジンするんだな。な、何も入れてほしくないな。ご、ごめんなさい」
「こいつのケツにブツを挿入する物好きはおらんぞなもし。それこそ真のアヴァンギャルドぞな、もしかして」
「わしならバッチコイだす!人生なにごとも経験だす。ウェルカムだすぞ」
「話はちょっとそれるかもしれないけど、そこんところが彼らの凄いところで、別に普通に演奏してそれでかっこいいのに、あえて変なことをやるっていう…それで、普通のバンドだったら、無理におかしなことをやろうとすると、珍味感がでて、それはそれで笑えたりする瞬間もあるけど、まあ一時の流行の餌食になって終わることが多いのよ。彼らの場合、演奏は演奏、コントはコントで、それらが関係あるのかないのか、なんかいい具合に発酵して、全体的に香ばしい匂いを出してますからね」
「しかしもし、あれは実に古典的で正統的なコントぞな。連中はパロディー精神のなんたるかがちゃんとわかってるぞな、もしかして」
「ぼ、ぼ、ぼくも笑っちゃったんだな。博士がいなくなるとロボットさんが出てきて、ロボットさんがいなくなると博士が出てくるのが面白かったんだな。お、おかしいな。どうしてかな?」
「ギャハハ、こいつはケッサクだす。あれはひとり二役やっているからだすよ」
「だけど、われわれの世代は、ああいう笑いが、それこそ『全員集合』とかを見てたせいで、もう好きとか嫌いとか、そういうのを超越して、それこそ肉体に幽霊のように染み付いてますからね。考えたら、恐ろしいですよ。笑いの本質が何かなんて知らんけれども、そういうこととは無関係に、何回でも自然と呼び起こされますからね、自分の中からその手の笑いが。体が勝手に、敏感に反応して、思わず笑っちゃうのよ」
「『二度目はいつも喜劇』と言ったのは誰だったぞな。忘れたぞなもし。マルクスだったかかぞな、もし?しかし、おぬし達の世代は何だって一度目から喜劇ということぞなか、もしかして。にしても、もし、それはさらなる一度目でもあり、しかも二度目でもあるということかぞなか、もしか…」
「先生の話はいつもムツカシすぎるだす。せっかくわしが下半身ドバット丸裸状態でずっと待機しているだすのに、つれないだすぞい」
「いっ、”一度目”というのは一回しかないから”一度目”なんだな。ち、違うのかな。それが何回もあるというのは、お、おかしいな。”三度のご飯”て言うな。そ、それは一日にご飯を三回食べていいということだな、たぶん。で、でも、おやつも入れると”四度のご飯”だな。どうせならもっとあってもいいな。ユウレイも同じだな。ユ、ユウレイは一度死んでいるからユウレイなんだな。だ、だけど、も、もう一回死にそうに見えるな、どうしてかな?おかしいな。何回も死ぬことができたら、それはいいな。つ、つまり死なないということと同じなんだな」
「人間は一度死んだら終わりだす。命は大切にしなけりゃならんだす。わしは、おいしいものをたくさん食べて、セニョリータとのアバンチュールを楽しむだすからにー!青春を謳歌するのだす」
「おぬしはもうそういう年ではないぞな、もし」
「と、年の話はや、やめたほうがおたがいのためにいいな。そ、それに、裸でいると、さ、さむいので、風邪をひくな。なにか着たほうがいいんだなな。」
「それが、もうチャックがまったく上がらんだす。食べしゅぎただすよ」
「そうなんですよ。普通は、年をとると、肉体の筋力と反比例するように、脳みそが筋肉的発達の段階にはいって、だんだんと心が硬直してくるのが身にしみてわかるようになるんですけど、それを防ぐためにわれわれは何もやってないので、たまには、息抜きとは違うかも知れんけど、普段耳や目にしないような音楽とかパフォーマンスを観にいって、新鮮な気持ちになるのが大切なんですよ。ザ肉的なものを――特に夜に――食べて肉体の回復をはかるのと同じで、それがないと、オレなんかもうだめなのよ。ダメよダメよダメよダメダメー」
「ところでもし、おぬしら、話はもどるぞなが、もしかして、連中がパロディのパロディをやっているなら、それは何度目になるぞな、もし?!
「だから、自分では新しいことをやっているつもりでも、それが昔から、例えばコントだったら、日本の狂言なんかが――おれはあまり知らんけど――すでにやっているということを知ることで、それが新たな方向性を見つける、なんてことは往々にしてありますからね。だけど、バンドをやってる、それも50とか60の、本物志向で、ジャズやブルースを好きなおっさんとか下北には腐るほどいるけど、そいつらは、普段自給750円とか800円とかで皿洗いのバイトとかの肉体労働やって、夜になると飲み屋で”本物の音楽”について、そのへんの若者を見つけて説教をするくらいしか出来ない連中だから、あと疲れているのもあるんだろうけど、もう魂が硬化して、何も見ようとしなくなっているのよ。そうなのよ」
「わしはカッチョイイ音楽が好きだす。理屈はいらんだす。」
「おぬしは同じことしか言わんのかぞなもし。もう聞き飽きたぞな」
「あのユウレイもそうだったな。な、仲間だな、たぶん。そ、それはどうしてかと言うと、ユウレイは、ど、どうしてかはわかんないけど、何回も何回も同じことをして、それで結局死なないな。どうしてかな。やっぱり、も、もう死んでいるから死なないのかな?ぼ、ぼくはそれがどうも気になります」
「わしもちびっとばかし訳がわからなくなってきたぞな。一体わしらは何の話をしてるんぞな。酒の飲みすぎぞなか、もしか?」
「ぼ、ぼくがおかしいなと思うのは、も、もうひとつあるんだな。最初、お兄さんたちが出てきて歌を歌いました。そ、そのあとに、お、同じお兄さんたちが、ロボットになったり、ユウレイになったり、車の運転をしたりするのは、ぼ、ぼくには何か変なんだな。そ、それから、さっきでユウレイだったり、ロボットだったり、博士だったりしたひとが、また歌のお兄さんにもどるんだな。これは、お、おかしくはないのかな?」
「ちっともおかしくなんかないだす。そういうキマリなんだすよ」
「そ、その”キマリ”っていうのは、ど、どこの誰々さんが作ったのかな。その人の、な、名前はなんというのかな。な、名無しの権兵衛さんじゃないな。キマリを作ったんだから、とても偉い人なんだな、たぶん。す、相撲の番付で言えば、きっと横綱だな。きっと、ど、どこかに銅像があるな」
「”キマリ”というのはすなわちルールぞなもし。つまりぞな、わしらが何故劇やパフォーマンスの観方を知っているかということぞな。おぬし、ウィトゲンシュタインを読んだぞなか、もしか?」
「そ、そういう名前の親戚はいないな、たぶん」
「だから、なんちゅうか、ウィトゲンシュタインとかそういう難しいことはわからんけれども、オレが昔、彼らのことを、”勉強のしすぎでバカボン化した青年達”と言ったことは、自分で言うのもなんだけど、言い得て妙だと思うんですよ。みんな普段は頭いいんだけど、それが何の因果か、あるとき溜まりに溜まったものが弾けて、そのまま一直線に異空間にログインしてしまった結果バカボン化が始まるという、そんなSFみたいなイメージが、彼らの演奏を聴くと湧き出てくるんですよね」
「ワープぞなか、もしかして?」
「いやー、そういう面倒な理屈は抜きにしても、例えば、我われも飽きもせずに、毎日酒を飲んだり、あと『松屋』とか『王将』とかで同じものを食ったりするのもそうだけど、繰り返しの人生に囚われているんですよ。これ、傍から見れば相当に滑稽ですからね。ここにパロディの神が降りてくるわけで、どうやったらそこにログインすることが出来るか、気持ちをチューニング出来るかなんですよ。」
「ぼ、ぼ、ぼくもいつも同じようなしゃべりかたをしているな。みんながそれをマネして喜ぶんだな。そんな時、ぼ、ぼくはちょっと不愉快な気分になります。い、嫌なんだな」
「そりは個性だす。人間はひとりひとり違うだすぞい。このカラアゲだって店によって味の違いがあるだす。変化を楽しむのが人生の醍醐味だすからに」
「そ、それは変なんだな。こ、ここはチェーン店なんで、だから、同じようなカラアゲが毎日出てくるな。ずっと、モ、モノマネをしてるんだな。そうじゃないと、お客さんから味が違うと怒られてしまうな」
「そりを言われるとミもフタもないだすからに。しかしだす。ここのカラアゲは『日高屋』のとは違うだすぞ。皮の表面がパリッとしていて、噛むとジューシーな香りが口のなかに広がるだす。実にウマイだすぞい!おかわりしてもイイだすか、先生?」
「おぬしは『日高屋』でも同じことをいってたぞな。自分の発言に責任をもつぞな、もし。それに、おぬしはちと食いすぎぞな」
「あんまりなお言葉。わしは腹がへってるんだす。もっと食べるんだす」
「そろそろ失礼させていただきます。明日はバイトがあって、あと、それが終わったら友達のライブに行く用事もあって、その前に店の仕込とか開店の準備をしなければいけないから、ハード・スケジュールなんですよ。ずっと忙しい日々が続いて、買っておいたエロDVDの封を切るのも忘れているくらいなんで、もの凄く眠くてしょうがないんだけど、これが、そういう時に限って寝つけないもんなのよ。まあ今日はなんとか寝れそうな予感がするんで、帰ります。それではおやすみなさい」
「…」
「『立つ鳥跡を濁さず』って言うな。こ、こういうときに使うのかな。」
「思いっきり濁してるぞな。違うか、もし?」
「待つだすー!会計がまだだすぞーい!」

杉本拓
1965年生まれ。ギタリスト。90年代後半より国内外で、様々な即興演奏家との共演等で活動。近年は、所謂即興音楽シーンとは距離を置き、Radu Malfattiとの共演や、宇波拓、木下和重、戸塚靖雄などの若手音楽家との共同作業を通じての作曲/録音/演奏活動に積極的である。2007年より佳村萠(ヴォーカル)とのデュオ「さりとて」の活動を開始し、これまでに2枚のCDを自主レーベルSaritote Diskから発売している。2010年にはcore of bellsとの共作『gesupiria2 -Lost Banchos-』をChaoz Chaosよりリリースしている。