07「Time is Fuckin on Time」公演記録・九龍ジョー氏による批評

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写真:前澤秀登

 

「シュレーディンガーの猫は焼肉の匂いを嗅ぎわけるか」

九龍ジョー

 

 外タレ大物ミュージシャンのステージを見てたら、遠くからするりと混ざっ てくる特濃な歌声。つえーな清志郎。なにを観ても最終的には忌野清志郎の印 象で塗りつぶされてしまう、っていうそんな「フジロックの清志郎=焼き肉定 食」説を音楽雑誌かなにかで読んだ気がするのだけどハッキリとは思い出せな くて、もしかしたらそれはアジャコング vs 豊田真奈美の WWWA 世界シングル 王座、30 分フルタイムドローの熱戦を指して曰く、「『全女』という響きは『焼 肉定食』の力強さに似ている」と書いたこれまた記憶が曖昧なのだがプロレス 雑誌がたしかあったはずで、コアオブベルズというバンドの知的そうでいて、 いざ喰らってみるとひたすらハイカロリーな音楽に触れるたびに私は焼肉をラ イス多めで頼むハーフパンツの集団が大久保の韓国料理屋でライブの打ち上げ をしているその終わりかけに混ぜてもらって、でも会計はしっかり割り勘で徴 収されたときのような気持ちになる。

 ラプラスの悪魔にとって世界で起きうるすべての出来事はあらかじめ決まっ ている。7 月 23 日、六本木スーパーデラックスでコアオブベルズのライブ公演 「Time is Fuckin on Time」が行われることも、その公演を受けて書かれたこ の原稿が同会場での次回公演となる 8 月 20 日以前に「core of bells 怪物さんと 退屈くんの 12 ヵ月」サイトの「公演の記録と批評」というコーナーにアップさ れることも。世界はただタイムテーブルどおりに進行する。そう見える。あの 悪魔がある瞬間の原子の位置と運動をすべて把握しているのならば。

 公演前日にコアオブベルズが送ってくれた E メールに記載された URL から リンクを飛ぶと、そこには彼らとその関係者の 7 月 23 日の予定が 10 分刻みで 書き込まれた Excel シートがアップされていた。しかし横軸に設定されたプレ イヤーの数が多すぎて、私にはそのすべてを一画面で俯瞰することは難しい。 公演「Time is Fuckin on Time」は開場 19 時/開演 20 時とずいぶん前からアナウンスされている。その上で、朝 8 時 30 分から 10 分刻みで設定されている タイムテーブルをざっと眺めてみると、コアオブベルズ・メンバーの會田の予 定に、11 時 50 分、「釣れんボーイを 3 話分読んで家を出る」とあった。非公開 ながらこの日の私のタイムテーブルでは、その 1 時間 10 分後、すなわち 14 時 に會田の読んだ名作漫画『釣れんボーイ』の作者であるいましろたかしの原画 を渋谷でカクバリズム社長の角張渉氏に手渡すことになっていた。會田とも知 り合いである「片想い」というバンドがリリースするレコード付雑誌『山の方』 に掲載予定である漫画の原稿だ。この偶然から、タイムテーブルを改めて隅々 まで確認してみる必要性を感じるが、いかんせんシートが広すぎる。

 會田からはできれば 19 時に六本木スーパーデラックスに入ってもらえるとあ りがたい旨もメールで伝えられたが、あいにく私はこの日、東急 Bunkamura で 19 時 15 分から 20 分間と予告された打ち合わせが入っていた。本当に 20 分 ピッタリだった打ち合わせを終え、道玄坂でタクシーを拾い、六本木へ向かう。 運転手が間違えて六本木通りを六本木交差点まで行ってしまい、その場で料金 メーターを止めさせ、引き返しつつ、横に長すぎて文字が判別できないレベル まで小さくなってしまっているタイムテーブルのプリントアウトを舐めるよう に見てかろうじて確認できたのは、観客 A グループ(タイムテーブル上で「観 客」は A と B、2 グループに分けられて記載されていた)が現在 19 時 55 分に 「音楽よ頼りたまへ」と唱えているであろうことで、タクシーを降りた私がス ーパーデラックスの扉を開けたのは 20 時ジャストだった。

 真っ先に目に入ってきたのは横国学生ジャズセッション大会 Bird Inn によ る「Midnight BayBay Students」の演奏だ。会場内に分刻みに増大するエント ロピー。15 分ほどしてオカルトチャレンジのグループがスプーン曲げに成功し、 それを観客に見せて回り、と同時にグラインドコアバンドのローリングジャガ ーが歌詞カードを配りはじめたあたりからどうにもあの焼肉の匂いが漂いだす。 Twitter のタイムラインでも何か起きているようだ。会場で新たに手に入れたタ イムテーブル表は自宅でプリントアウトしてきたそれよりいくらか文字が読み やすいものだったが、やはり会場のやや薄暗い照明のもとで確認するには難が あった。それでも断片の拾い読みにより、すべての出来事があるべき時刻にあ るべき運動として現れていることを確認する。いや本当は逆である。会場の何人かはタイムテーブル通りに動かないこともあるのだが、だいたいにおいて一 定層は予定通りの運動を行う。その発見確率は一定であり、いわば波の性質を 帯びている。観客だけではない、六本木スーパーデラックス内がさまざまな波 に満ちている。もういちいちタイムテーブルを確認する必要はないだろう。寄 せてはかえす波を感じながら、それでも20時23分、会場奥で行われている「銀 河餅武闘会 決勝トーナメント」において吉田翔選手が覇者となった瞬間を、 私はピンポイントに確定する。あらかじめすべての出来事が決まっているので はなく、私の観測によりすべての出来事が予定通りの運動としてフィックスさ れていく。

 タイムテーブルと私の観測との関係は一見、コペンハーゲン解釈的ではある が、私の鼻にはそこに漂う清志郎の焼肉の匂いをかぎわける恣意的なセンサー も備わっている。こんなのどんなザルなセンサーでも捕捉せざるをえないだろ う。「○×クイズ」である。会場真ん中には簡易プール据え置かれている。アメ リカ横断ウルトラクイズで見たことのあるアレだ。20 時 28 分、瀬木俊がスー パーデラックスのフロアに駆け込んでくる。会場真ん中の○×パネルめがけて 走った彼は、不正解ということなのだろう、水の張ったプールが後ろに控える ○のパネルに突っ込み、プールの中で地味に前受け身をとる。20 時 30 分、観 客への指示は「拍手」である。

 なににフォーカスすればよいのか。観測者としてはそれが問題だ。コアオブ ベルズとローリングジェットジャガーの演奏に挟まれながら、2005 年、東京ド ームで行われた「アルティメット・ロワイヤル」をテレビ朝日のプロレス中継 で見ていたときのことを思い出していた。アルティメット・ロワイヤルとは、 アントニオ猪木が考案した、バーリトゥード・ルールの試合を同じリングで2 試合同時にやるという試合形式である。リング上で永田とブルーウルフ、スミ ヤバザルと長井の二組がそれぞれ寝技で膠着していた。実況する古澤琢アナウ ンサーはしみじみと言ったものだ。「なかなかですねー、どちらを見たらいいの かわからないんですけども」。しかしいまならわかる。試されていたのは古澤ア ナではなかった。当然、間に挟まれた和田良覚レフェリーでもない。観測者で あるわれわれ観客だったのだと。あのとき私たちは多世界解釈へのとば口に立 っていたのだ。2014 年、サマーソニック 2 日目、14 時 55 分からソニックステージできゃりーぱみゅぱみゅの演奏が始まると、その裏のマリーンステージで 15 時 15 分からドリームズ・カム・トゥルーの演奏も始まる。両ステージを移 動するには、海浜大通りを大きく迂回せねばならず(アーティストパスやスタ ッフパスがある場合は別だが)、最低でも 15 分はかかる。事実上、丸被りとい っていい。しかしこの二つの演奏をスケジューリングの問題として捉えてはな らない。「きゃりーを観る私のいる世界」と「ドリカムを観る私のいる世界」、 二つの世界は同時に存在しているのである。もちろん「どちらも観ないで休日 自宅警備員な私のいる世界」も。
 
 タイムイズファッキンタイムなコアオブベルズの狙いはハッキリしている。 タイムテーブルにはこうある——。
 
21 時 10 分「10 分間かけて異界の入り口が会場内を飲み込むので、その様子を 眺めてください」

21 時 12 分「会場と下界のつながりが不安定になって来ました。決して会場か ら外に出ないで下さい」

21 時 14 分「会場と下界のつながりがとても不安定になので、出入り口付近に いる方は離れて席についてください」

21 時 16 分「会場と下界が隔離されたので決して席を立たないでください」 21 時 18 分「会場と下界のつながりが安定して来ましたが引き続き席を立たないでください」
 
 それらの指示に従って、会場内での人の動きが止まる。あのラプラスの悪魔 が降臨しているかのようにも見えるがそうではない。試されているのは私たちなのだ。私たちは全員、シュレーディンガーの猫と化す。「ネコが生きている世 界」と「ネコが死んでいる世界」。「下界にいる私」と「会場にいる私」。「席を 動かない私」と「呆れて会場を出て行く私」。悪魔は「いる」か「いない」では なく、「悪魔がいる世界」も「悪魔がいない世界」も同時に存在している。タイ ムイズオンマイサイド、イエスイットイズ。

 しかしそれでもあの焼肉の匂いは平然と世界線をまたいでくる。コアオブベ ルズによる悪魔祓いは的確だ。彼らが使うのは焼肉ではなく、「ZARD」である。 タイムテーブル、21 時 21 分。観客 B への指示はこうだ。「心の中で ZARD さ んの『負けないで』を歌い始めてください。歌い出しをこれよりガイドいたし ます。(以下、『負けないで』の冒頭一節)」。さらに 21 時 23 分の指示は、「心の 中の『負けないで』に手拍子をつけてください」。ポイントは「心の中で」とい うところである。「ZARD を歌う世界」も「ZARD を歌わない世界」もあるだろ う。しかしながら、『ZARD』および『負けないで』という文字ヅラを見て、「“心 の中で”ZARD の『負けないで』が鳴り出さない世界」は存在しない。いくら 拒否しようにも、頭の中で鳴ってしまうのだ。「ある/ない」という時空を越え るホットなナンバー。フジロックの清志郎も一度ぐらい体験しておけばよかっ たなと思った。

 

 

九龍ジョー
編集者、ライター。ポップ・カルチャーを中心に原稿執筆。『KAMINOGE』『Quick Japan』『CDジャーナル』『音楽と人』『シアターガイド』などで連載中。『キネマ旬報』にて星取り評担当。共著に『遊びつかれた朝に──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(Pヴァイン)、編集近刊に坂口恭平『幻年時代』(幻冬舎)、岡田利規『遡行 変形していくための演劇論』(河出書房新社)、『MY BEST FRIENDS どついたるねん写真集』(SPACE SHOWER BOOKS)などがある。